カテゴリー: 滑川H邸 差鴨居 2020.10.16

滑川H邸徹底解剖 ⑩一段低い差鴨居の謎

座敷から前ノ間のほうを見てみましょう。

 

現在は、い草シートが3列敷いてあるので畳が隠れていますが、

前ノ間は6畳です。

 

右側が玄関土間、左側が大阪障子、正面が「通り土間」との境の転用障子+壁です。

6畳の前ノ間に、ぐるっと廻る差鴨居

特徴的なのが、部屋をぐるりと廻っている「差鴨居」(指鴨居とも)の存在です。

 

差鴨居は、普通の鴨居に比べて成〈せい=高さ〉があるのが特徴です。

鴨居は造作材ですが、差鴨居は構造材と造作材を兼ねたものです(下端に建具の溝がある)。

 

 

江戸時代までさかのぼると、古民家の架構は柱をたくさん並べているのが

一般的です(たとえば、1間=6尺=1,820㎜ピッチで)。

 

ただ、柱がたくさんあると日常的に使い勝手が悪いですよね。

時代が下るにつれ、邪魔な柱はだんだん間引かれるようになりました。

 

 

すると、建物の強度は弱くなります。

 

 

そこで、2階の柱や小屋束などを支えるために使われるようになったのが、

補強材も兼ねた差鴨居でした。

 

かなり古い古民家になると見られませんが、

いわゆる普通の古民家ではよく目にする材です。

 

 

 

 

差鴨居は通常、鴨居の高さに合わせて設置します。

 

ところが滑川H邸では、写真正面右側の壁になっている部分の差鴨居だけ

高さが一段低くなっています。

一段低い差鴨居

なぜか?

 

ヒントは差鴨居の右側の柱にある埋木にありました。

この埋木に謎を解くカギが!

この埋木が手前の座敷のほうの柱にもあれば、もともとこちら側(右側)にも同じ高さで

長さ1間半の差鴨居が入っていたと推測できます。

 

しかし、その痕跡はありませんでした。

 

 

ということは?

 

 

ちょっと縁側に出て、玄関土間のほうを見てみましょう。

縁側から玄関土間を見てみる

縁側と玄関土間に境には垂れ壁があります。

カーテンに隠れていますが、この裏には柱があって丸桁を支えています。

 

ということは、カーテンの裏側に潜む柱の反対側にももう1本、

もともとは柱があったのではないかと考えるのが自然です。

もともとはここに柱と差鴨居があったのでは?

いま、差鴨居の上にある小屋束はじつは柱の一部で、昔は1階の土台まで

ここに柱が1本通っていたのではないでしょうか。

 

その柱との間に、現在よりも一段低い高さで差鴨居が入っていたと考えれば、

埋木が一カ所しか存在しない理由がクリアになります。

 

 

そう考えられるもうひとつの理由は、ここの差鴨居だけ

「樹種がアカマツだから」です。

 

アカマツを使っているのはここだけで、ほかはすべてケヤキでした。

 

ここだけ樹種が違うということは、アカマツの差鴨居だけあとから入れたのでは

ないかという推測が、がぜん真実味を帯びてきます。

右の差鴨居だけアカマツ

建設中に設計変更をしたのか、生活しているうちに柱が邪魔になって切断したのか、

理由は分かりませんが、もともとは、いま一段低くなっている差鴨居と同じ高さに

もうひとつ、いまはなき柱との間に、長さ1間の差鴨居が入っていたのではないかと

思われます。

 

 

 

でも、

もしそうだとしたら、玄関から直接上がる部屋に、こんなに低い差鴨居があると

邪魔になってしょうがないと思いませんか?

 

子供でも頭をぶつけます。

 

 

おそらく、いま6畳の前ノ間になっている部屋は、

本来は低い差鴨居がある2畳分だけ土間だったんです。

 

土間なら、差鴨居がこの高さでも頭をぶつけることはありません。

 

 

その土間をつぶして部屋を6畳に広げ、邪魔になる差鴨居を抜き、

一段高い位置に新しい差鴨居を入れ直したのが真相ではないかと。

 

解体時に周辺の柱の足元を見て、上がり框の痕跡などがあれば予想は的中ですが、

いまのところ推理はここまでです。

 

 

 

 

古民家は、竣工当時の姿をそのままとどめていることは稀といえます。

必ずといっていいほど、どこかに改造や改築が施されているものです。

 

建物が傷んだとか、設備が変わったとか、用途が変わったとか、

改築する理由はさまざま。

 

 

古民家を見学する際は、こんなふうに昔の姿や暮らしを想像しながら見ていけると

より楽しくなります。

 

元の状態を推測しながら、改修設計のヒントやアイデアにしていくのも、

新築とはひと味違う古民家ならではの醍醐味です。

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