座敷から前ノ間のほうを見てみましょう。
現在は、い草シートが3列敷いてあるので畳が隠れていますが、
前ノ間は6畳です。
右側が玄関土間、左側が大阪障子、正面が「通り土間」との境の転用障子+壁です。
![](https://vh-reno.com/blog/wp-content/uploads/2020/09/blog_image_202009161.jpg)
6畳の前ノ間に、ぐるっと廻る差鴨居
特徴的なのが、部屋をぐるりと廻っている「差鴨居」(指鴨居とも)の存在です。
差鴨居は、普通の鴨居に比べて成〈せい=高さ〉があるのが特徴です。
鴨居は造作材ですが、差鴨居は構造材と造作材を兼ねたものです(下端に建具の溝がある)。
江戸時代までさかのぼると、古民家の架構は柱をたくさん並べているのが
一般的です(たとえば、1間=6尺=1,820㎜ピッチで)。
ただ、柱がたくさんあると日常的に使い勝手が悪いですよね。
時代が下るにつれ、邪魔な柱はだんだん間引かれるようになりました。
すると、建物の強度は弱くなります。
そこで、2階の柱や小屋束などを支えるために使われるようになったのが、
補強材も兼ねた差鴨居でした。
かなり古い古民家になると見られませんが、
いわゆる普通の古民家ではよく目にする材です。
差鴨居は通常、鴨居の高さに合わせて設置します。
ところが滑川H邸では、写真正面右側の壁になっている部分の差鴨居だけ
高さが一段低くなっています。
![](https://vh-reno.com/blog/wp-content/uploads/2020/09/blog_image_202009162-1.jpg)
一段低い差鴨居
なぜか?
ヒントは差鴨居の右側の柱にある埋木にありました。
![](https://vh-reno.com/blog/wp-content/uploads/2020/09/blog_image_202009163.jpg)
この埋木に謎を解くカギが!
この埋木が手前の座敷のほうの柱にもあれば、もともとこちら側(右側)にも同じ高さで
長さ1間半の差鴨居が入っていたと推測できます。
しかし、その痕跡はありませんでした。
ということは?
ちょっと縁側に出て、玄関土間のほうを見てみましょう。
![](https://vh-reno.com/blog/wp-content/uploads/2020/09/blog_image_202009164.jpg)
縁側から玄関土間を見てみる
縁側と玄関土間に境には垂れ壁があります。
カーテンに隠れていますが、この裏には柱があって丸桁を支えています。
ということは、カーテンの裏側に潜む柱の反対側にももう1本、
もともとは柱があったのではないかと考えるのが自然です。
![](https://vh-reno.com/blog/wp-content/uploads/2020/10/blog_image_2020091652.jpg)
もともとはここに柱と差鴨居があったのでは?
いま、差鴨居の上にある小屋束はじつは柱の一部で、昔は1階の土台まで
ここに柱が1本通っていたのではないでしょうか。
その柱との間に、現在よりも一段低い高さで差鴨居が入っていたと考えれば、
埋木が一カ所しか存在しない理由がクリアになります。
そう考えられるもうひとつの理由は、ここの差鴨居だけ
「樹種がアカマツだから」です。
アカマツを使っているのはここだけで、ほかはすべてケヤキでした。
ここだけ樹種が違うということは、アカマツの差鴨居だけあとから入れたのでは
ないかという推測が、がぜん真実味を帯びてきます。
![](https://vh-reno.com/blog/wp-content/uploads/2020/09/blog_image_202009167.jpg)
右の差鴨居だけアカマツ
建設中に設計変更をしたのか、生活しているうちに柱が邪魔になって切断したのか、
理由は分かりませんが、もともとは、いま一段低くなっている差鴨居と同じ高さに
もうひとつ、いまはなき柱との間に、長さ1間の差鴨居が入っていたのではないかと
思われます。
でも、
もしそうだとしたら、玄関から直接上がる部屋に、こんなに低い差鴨居があると
邪魔になってしょうがないと思いませんか?
子供でも頭をぶつけます。
おそらく、いま6畳の前ノ間になっている部屋は、
本来は低い差鴨居がある2畳分だけ土間だったんです。
土間なら、差鴨居がこの高さでも頭をぶつけることはありません。
その土間をつぶして部屋を6畳に広げ、邪魔になる差鴨居を抜き、
一段高い位置に新しい差鴨居を入れ直したのが真相ではないかと。
解体時に周辺の柱の足元を見て、上がり框の痕跡などがあれば予想は的中ですが、
いまのところ推理はここまでです。
古民家は、竣工当時の姿をそのままとどめていることは稀といえます。
必ずといっていいほど、どこかに改造や改築が施されているものです。
建物が傷んだとか、設備が変わったとか、用途が変わったとか、
改築する理由はさまざま。
古民家を見学する際は、こんなふうに昔の姿や暮らしを想像しながら見ていけると
より楽しくなります。
元の状態を推測しながら、改修設計のヒントやアイデアにしていくのも、
新築とはひと味違う古民家ならではの醍醐味です。